コラム

セクマイをアウティングされた際の実体験まとめ

2020年5月10日

カミングアウトは
自らが他人に故意的に打ち明ける事
それとは逆に
他人から第三者に許可なく勝手に
自分のセクシュアリティを言い振らされる、
それが「アウティング」と言われます。

今回はこの「アウティング」に関して
意味や実際の声を見ていきたいと思います。

そもそもアウティングとは

 本来、アウティングとは
 他人の秘密を本人の許可なく別の人に言うこと
 と定義づけられていますが
 人のセクシュアリティを勝手に第三者に言いふらす
 という意味で使われる事が多いです。

 例えこういったセクマイに関する事でなくても
 何でもかんでも他人に言いふらすのは
 良い事ではありませんもんね。
 日常的に自覚なくする人もたまに見受けられるので
 自分はそうはならないでおこう
 思うこともしばしばあったります。

アウティング事例まとめ

 では実際に自分のセクシュアリティを
 アウティングされた事例を見ていきましょう。

男性同性愛者です。
一部にはカミングアウトしています。
同じ業界で働く友人も何人かおり
『プロジェクトに加えたいから
ゲイであることを説明させて貰った』
事前の承諾なく知らない人へ
アウティングされることが何度かありました。
自分の知らない所でセクシュアリティに関して
話されることに恐怖がありました。

 こんな事例がある事が恐ろしいですね。
 良かれと思ったのかは知りませんが
 無自覚なアウティングほど怖いものはないです。
 殆どが無自覚でしょうが。。。

弟がトランスジェンダーです。
元々は女性で今の会社に入社しましたが、
途中で性別を変えて男性となりました。
それから数年が経ち、ようやく普段の生活でも
男として通るようになっていたのに、
ある日知らない所で後から入ってきた新入社員に
『あの人は実は女の人やで』と
第三者にバラされていたそうです。
弟はものすごく怒っていました。
本当に辛かったと思う

 アウティングした人は
 何をどう思って他人に言ったのか
 その感覚がわからないですね。。
 言われたご本人も怒るのは当たり前で
 最早怒るだけで留まられたのが凄いと思います。
 人の気持ちを考えたらそういう行動には出ないし
 第三者から言う必要性は自体ない。
 言うか言わないかはご本人が決める事です。

トランスジェンダーです。
今はカミングアウトした上で男性として生活しています。
以前は身近な人にちゃんと説明していませんでした。
そのため初対面の人が僕を
男と思ってくれている時に居合わせた知り合いが、
『女の子だよ』とその人に言ってしまうことが多く、
せっかく望み通り男に見られていたのにと、
悔しい思いを何度もしました。
『相手が性別を勘違いしてる、教えてあげないと失礼だよね』
などのつもりで良かれと思って言っているだけなので
こちらとしても咎めることはできませんでした。

 良かれと思ってのこのパターンは
 本当に余計なお世話というか
 教えてあげないと失礼って
 どの立場で仰っておられるのか、、
 という感じですね。
 別に性別を言うか言わないかとか
 他人がどうこう言う事ではないし
 そもそもその人自身として接していれば
 性別自体なんだっていいんだよと思います。

3年ほど前、私は家族・友人にできるだけ
カミングアウトしたのですが、
親戚や職場の人には言えておらず、
まるっきりオープンにはできていない状況でした。
そんな中、私がLGBTの活動に誘った事をきっかけに、
姉がこの問題に熱くなりすぎてしまい
Facebookで私の妹はレズビアンです
という投稿を許可なく公開してしまいました。
私はレズビアンではなくバイセクシュアルです。
頭を抱えてしまいました。

 家庭内でのこの行動は
 何とも言い難い部分がありますが
 当事者のセクシュアリティに関して
 きちんと理解し、本人に許可を取った上でなら
 もっと良い方向へ行けたのかもしれないですね。

 以上がアウティングの事例となります。
 参照元はコチラ

 そして事例とは別に数年前
 アウティングに関する悲惨な事件も
 国内で起こっているんです。

一橋大学アウティング事件

2015年4月に一橋大学法科大学院において
同性愛の恋愛感情を告白した相手による
暴露(アウティング)をきっかけとして
ゲイの学生が投身自殺したとされる事件。
翌2016年に死亡した学生の遺族が
相手側の学生と大学の責任を追及して
損害賠償を求める民事訴訟を起こして
広く報道されるようになった。
参照元:Wikipedia

 こちらの事件に関しては本当にショッキングです。
 無自覚なアウティングが他人を死に追いやる。
 これは忘れてはいけない事件の1つですね。

まとめ

 セクマイを自認している自分にとって
 こういった問題は
 決して他人事ではないように思えます。

 そしてこの「アウティング」に関して
 そもそも「アウティング」=【絶対悪】
 という認識自体もなくなるような世の中になるのが
 一番良い事だと思います。

 私の理想としては、
 打ち明けた友人から第三者へ自分のことを
 「因みにこの子ノンセクなんだ。」と言われ
 「へぇ、そうなんだ」と返される
 これが理想の流れではあります。
 正直「だからどうしたの?」ってくらいの方が
 こちらとしてもセクシュアリティで見られず
 1人間として見てくれてる
 そんな気がするんですよね。

 ただ、そんな世の中になるのは
 まだまだ先のことだと思っています。
 世の中の情報の流動の少なさ
 個人個人の偏見の払拭、知識の浅さ
 法律の改善
 等々、個人の問題から国の問題まで
 様々な規模での課題が数えきれないほどあります。

 また、こういった「アウティング」に対する意識は
 世間一般的なマジョリティの人達ほど
 慎重にならなければいけないこと
 時には人を死に追いやることという認識を
 持つべきなんだと思いました。

 「良かれと思って」は通用しない。
 自分のことを誰にいつどのように伝えるかは
 自分自身しか決められないし
 他人が判断してはいけないことなんだと
 改めて自分も思い知らされました。

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